モリサワフォントに写研が登場するニュースに驚いた!

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2021年1月18日に、モリサワOpenTypeフォント(OTF)と写研フォントが合意して共同開発し、写研デザインのOpenTypeフォントが使用できるようになることが発表されました。
2024年より順次リリースされる予定です!!
待望だった写研のOTFですが、まさかモリサワからとは思いませんでした。
https://www.morisawa.co.jp/about/news/5280

↑ここは「写真植字機(写植機)」とか「版下」のイメージ画像が欲しいところですが、残念ながらこの画像はモリサワとも写研とも関連するものではありません。
タイポグラフィーとしての共通点はありますが、写植以前の活版とか凸版とか呼ばれるフォントの仲間です。
海外系サブスクのRF画像には和文フォント系はほとんどストックされていないようです。
なので、具体的なイメージが見たい方はGoogleの画像検索で「写植機」とか「版下」を検索してください。笑
著作権で保護されているかどうか不明な画像を公式のブログで使用するわけにはいかないのです。
モリサワのサイトによると、「(リリースされる)2024年は、写研の創業者である石井茂吉氏とモリサワの創業者である森澤信夫が、写真の原理で文字を現して組む邦文写真植字機の特許を、1924年に共同で申請して100周年の節目にあたります」とのことです。
元々は同じ開発背景であったはずなのに、拠点が東京と大阪に分かれ、独自の写植機メーカーとして成長し、50年以上の時代を経て1980年代には関東で8:2、関西でも6:4で写研が書体専有シェアを持っていたようです。今のようなフォントアプリではなく、文字盤と呼ばれるガラス板と写植機がセットで販売されていました。後発でリョービの写植機もあったようですが、文字盤は独自ではなかったと思うのでシェアとは呼べないでしょう。
私がこの業界に就職した当時、一向社の近くにもモリサワと写研の写植機を1台ずつ持って、専用のオペレーターさんが勤めている版下会社が数軒あり、同じ専門学校を卒業したデザイナーがフィニッシュワーカー(文字を打った印画紙を切り貼りする仕事)として就職していて驚いたりしました。
当時、写植機のシェア争いで劣勢だったモリサワは、1980年代終盤にいち早くDTP用のフォント開発にシフトを変え、一方の写研は、手動写植機から電算写植機に変わりつつあった1980年代後半も、あくまでフォントは機械を売るためのものという方針を貫いたため、DTPが主流になった時点で形勢逆転したともいわれており、2000年代にはほとんど写研というフォント名を目にしなくなってしまいました。
一向社では1990年初旬にDTPの導入があり、やむなく版下会社とは縁が遠のいて行くとともに写研のフォントとも離れていきました。
DTP以前の80年代をデザイナーで過ごした者にとって、慣れ親しんだ写研の書体デザインは、30年以上使いたくても使えない書体になって現在に至っています。写研という会社の存在は続いているようですが、近年まで公式サイトも出てこなかったので、うまくいっているとは思えない時代が続いていました。
(今月初旬に公式サイトが公開されていました)
ようやく2024年には写研のOTFに出会えることになりそうです!
とも言えますが、「3年もかかるのか・・・」とも思っちゃいますね。
次回は、懐かしい写研のナール、ゴナ、スーシャ、ゴーシャ・・・ とか
PSフォントの変遷について、OCF → CID → OTFで悩まされたこと・・・とか
について書いてみたいと思います。

この記事を書いた人

ターニャPROFILE
グラフィックデザイナーを目指して入った学校ではまだDTPもWEBもない時代。
その後、一向社の制作部に入って数年後に仕事でMacの存在に触れ、会社で初めて使ったツールはMacintosh IIfx(ツーエフエックス)。最初AIのVer.3.0やPSのVer.2.0あたりを必死に学んだ後はなんやかんやで社内では年長者になり、現在もなおツールの進化とアプリの進化にOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)中!(笑)…現在の専門はWEBと映像編集など。
趣味は:野球観戦(甲子園)、モータースポーツ観戦(鈴鹿サーキット)、飲みニケーションw
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